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NEW YEAR
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身体の要

 

なってみて初めてわかる さまざまな痛み

ほんとうに、その身にならないと分かりませんね...


悶絶する神経の痛み

全神経が 身体の要に集中する・・・

身の置き所のない痛み 

平らになって寝ていても、手の重みや足の重みが こんなに腰に負荷をかけるとは

思いもしませんでした。

 

椎間板を傷めてしまいました。いはゆる「ぎっくり腰」です。

5日経ち、ようやく痛みが治まって歩けるようになりました。

まさか、自分が...!です。

 

ヘルパーをしていた時も腰は大丈夫だったし、

サラリィマン時代も 重たい分析装置や商品を持って階段を昇り降り...

なんてしょっちゅうやっていたので、力もあるし腰には自信があった

はず、なのに...

 

それに

ある本を読んでちょっとした感銘を受けて、7月半ばから走り出した私。

朝の30分、歩いてもいいからとにかく毎朝ランニングシューズを履いて

外に出ようと決めて、最初は3辧

徐々に距離をのばして今は6匸し。

どうしても同じ姿勢で集中すると、筋肉も凝るし、リンパの流れも滞りがちなので

朝走ることで1日のウォーミングアップにもなるし、いい感じ。と

思っていた矢先、なのに...

 

すべての過信が裏目に出ました 笑。

 

いろいろと調べていると、やっぱり「こまめに動く」「定期的に動く」

ことが重要なんですね。

子どものように、じっとしていないでいつも動いている というのが

一番の腰痛予防なんだそうです。

 

なるほど、です。

どうしても、とくに織りの作業は、面白いのでついつい集中して何時間も

というかほぼ1日座りっぱなしのうつ向き姿勢です。

考えてみると、身体にとってイイ訳がないですね...

いくら毎朝ランニングしていたとしても、意味がないわけです。

 

まったくの思い違いでした。

でも、椎間板は自然治癒するものだということがわかったので

今後 再発しないように 作業の仕方を考え直す

本当に いいきっかけになったと 思っています。

何より、「過信」がはがれて、よかった。

 

ということで、じっとするしかないこの日々。

カード織の鈴木美幸先生からお借りしている 絶版本、

吉岡常雄氏 著「天然染料の研究」

を写経のようにPCに書き写す作業をしたり(すばらしい本です)

F先生にいただいた、昔NHKで放送されていた「アジア染織紀行」のDVDを見たり、

しているうちに たくさんの学びがありました。

(こういう類の民族文化の記録映像は、今後ますます貴重になっていくのだろうな..)

 

シェルパ族のヤク毛織物、ブータンの織物、いずれも輪状整経にして 地機で織っています。

巾は広くないにしても、かなり腰にキそうです..

でも、あくまでも染織は彼らにとって 日常の中の仕事ですから、織るだけでなく

いろんな仕事を 合間あいまに しているはず

 

染織の「ほんらいの姿」を見失わずに、

これから永く追求していきたいなと

思い新たに しています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ご無沙汰ご容赦。

ちょぃと 脱皮しておりました。

なかなか 気持ちは晴れやかです。


私の綿は まだ爆ぜませんが
今年のはじめに
みんなで作った手前味噌は べらぼうに美味しいです


力強く つきぬける
阿呆は 真面目に最高に
楽しむるこそ 日の極みなり

なんちゃって句。 失敬。

新年にむけて
なかなか 気持ちは晴れやかです。



 
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備忘録

備忘録。


6月
Nさんと美山

ちいさな藍美術館_すばらしいヨーロッパの藍の作品。
京都造形大で新道先生に学ばれたNさんのおかげで 先生とお話しできました。
とても 気さくで 眼力のある方でした
噂に聞いていた、先生自作の 道具たちは圧巻!



7月
初 社員旅行@北海道
_富良野 美瑛 十勝 カミホロ温泉 洞爺湖 丸駒温泉 有珠山 苫小牧

台風の中の ピンポイント晴れ☆
でっかかったどぅ








7月末
Earthnetwork ワークショップ更紗2回目@滋賀
なんと、念願のkittaさんに会えた。
感激...しすぎて まともにしゃべれなかったけど(´Д`)
来年は 琉球藍を見に 沖縄いくぞー!



8月
恒例_坂本さんの 平和の祈りコンサート@霊山寺
坂本さんのうた には、とっても力があって
自分の中のいろんな思いとリンクして 涙してしまう
今年も 元気に 聞きに来れたことに、感謝。

8月
てづくりミニLive☆_acoustic guitar&original song





来年度の決意表明。夕立のあとの 完璧な虹






ヨシ。
ひしこ、始動します。

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回顧録
 

大好きな人の死で幕を開けた今年は

時間軸がぐにゃぐにゃに曲がってたんじゃないかと

思うほどあっという間だった。

彼は、私にとって近くて遠い存在で

私にたくさんの生きるヒントを与えてくれた。

死という人間の最期の仕事を終えるまで、

最後の最後まで自分への問いかけをやめなかった。

自分とは何なのか。

時々、自分がなぜ此処に存在しているのか分からなくて

ほんとうに存在しているのかも分からなくなって

怖くなるときがある。

それが自分への問いかけのはじまりだよ、

彼はそう言ったけど

私にはまだよく分からない。
2008.11


おじちゃんが亡くなって 何年経つかな。。。と思って回顧録。
2008年の、今日。

一人で看病してへとへとになってた伯母を手伝おうと思って
この日の朝に 夜行バスで東京に来た。

夜中にすっごい雨が降って、嫌な雨やな...と思って
朝 病室に行ったら 伯母ちゃんが ぽかん、として座ってた。

白いシーツに おじちゃんは居なくて
私が 状況を把握したとたん、 伯母ちゃんは わーん、と 泣いた。

おじちゃん、今亡くなったんよぅ って

それから先は 断片的にしか 覚えていない。
とにかく、お通夜もお葬式もしない、自然に還してほしい、
私と伯母には おじちゃんの遺言が しみこんでいたから、
全部 ふたりで 決めた。

連絡や いろんな手続き、散骨の日取り、
毎日まいにち、たくさんやることがあった。
おばちゃんは、実務に徹していたし、
東京には 気を紛らわしてくれるものがたくさんあったから
結構たのしくしていたけれど、 よく 突然、襲われたように泣き出した。

ちょっと落ち着いた頃、ぷーたろうで東京暮らしだったので
何となく、私は 池袋の講座に通って ヘルパー免許を取った
今でも ガン細胞に蝕まれていく おじちゃんの姿が 目に焼き付いている
皮膚のうすくなった指先、何度も輸血されて痛んだ血管、くぼんだ鎖骨...
何か しなきゃいけない気がしてたんだと思う。

あれから、おばちゃんもなくなった。

生きるって こういうことなのかなぁ


おじちゃんと 話したいことがたくさんあるょ


 

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うつくしきもの




キタさんの春キャベツ。
ぷりっぷり
あ〜〜〜んまいっ!





夕方の徘徊...洗われるような夕陽






ヤママユのおかげで 蛾にたいそうな親しみを持つようになりました

友達のところで キレイな子、発見。



 
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しあわせ

ほしいものを数え上げれば キリがない
自分の健康、こどもの健康、安心して暮らせる場所..

ほしいものばかり 頭で考えて 心が折れそうな そんなとき、
今日の晩御飯をつくろう、掃除しよう、誰かが喜ぶ何かをしよう、
そうやって 過ごしているうちに
自分が手にしている しあわせに、気づくんです。



3年目の 3.11を迎える前に ラジオから 聞こえてきた 
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猫柳



仕事で ものすごく理不尽なことに出会う

きっと 理不尽なことを言う人は、だれかに理不尽なことをされたから
私に 理不尽なことを言うんだろう
そんなところで毎日理不尽を売買する人は かわいそうだ。

でも今日は ある方が すてきな夢を語ってた。定年後のでっかい夢。
私の心は とっても晴れやかになった
どんなときでも 夢を抱ける人は しあわせだ。


猫柳が とってもかわいくて、今日は いい日。




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命日


おばちゃんが なくなって、一年。

もう2,3年まえのような気もする。

ひとりの人がこの世から消えて、何ら変わることはないけど
おばちゃんが 居なくなって はじめて おばちゃんの人生を見た気がする。

戦時中 モノのない時に 人のために尽くした母の姿を見て育ったおばちゃん
その おばちゃんもまた、自分のためだけには 生きていけない人で
いつも 誰かのために、何かをしてなきゃダメな人

祖父が危篤で、父が病気で生死をさまよっているとき、
私は 母のお腹の中に居て それは大変だったらしい。
家族の歴史には、いろんな形のピンチがあるけれど、私が生まれる時の話は
ことあるごとに語り草になっていた。

そのとき、おばあちゃんと、おばちゃんが 必死に 祖父と父の看病をしてくれて
おじいちゃんは亡くなったけど、父は助かり、私も無事に生まれてくることができた
命の 神秘の 交換。
母も、祖母も、伯母も、精神的に どれほど不安だったろう。
おばあちゃんは 毎日 百度参りを していたと話して聞かせてくれた。
おばあちゃんとおばちゃんのおかげで、私は元気に生まれてこれた。

一粒万倍
おばあちゃんが よく口にしていた言葉。
撒いた種は、きっといつかどこかで目に見える形で現れる

おばちゃんに もらった種を、私も 撒かなきゃ
 
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おじちゃんのこと

ぜんぜん年末気分でない この年末。

ぎりぎりまで 大掃除のおの字も見えない部屋の整理を
ようやく始めていたときに 出てきた資料。

伯父が定年前に書いた記事だった。
会社のひとは、この記事をどう理解したかな、
フツーなら 35年間の思い出に浸ったり 仕事を通して学んだことなんかを
ずらずらと書くのだろうに まるで違う。
でも 今の私には 伯父の気持ちがよくわかる。気がする。

20代前半の頃、漠然とした不安とか焦り、なんかを伯父にぶちまけたことがあった
ただ、聞いてるだけだった。
自分で決断しなきゃいけない。他人が決めたことには責任がなくなるからね
…たとえば5年、10年後 自分が思ってもみなかった広がりがあるかもしれないよ
そんなようなことを言ってくれた。

今 自分が30年生きてきて、かつての伯父と重ね合わせてみても、
伯父が 一つの会社でサラリィマンをやり遂げたってことが 不思議でしょうがない。
伯母が居たから…?世間体を気にするような人ではないし、自分に何かやりたいことがあれば
迷わず 進んでいたんじゃないだろうか... 記事にも書いているように、仕事において
不本意な選択を強いられること、職業生活と「本来の何か」との間の一線、
どうして これに耐えられたんだろう。私は いつも、そこから抜け出すことを考えてしまう。
自分の中に 一つの矛盾を許すのであれば、100の矛盾を抱えるのも同じこと、
そう言いたいのかな

年末とか、新年とか、関係なく このところ何か自分の中でもやもやしている
今の私に おじちゃんは なんて言うかな 黙って聞いてるだけかな


パブリックに書いた記事だから、載せてしまう。

(社内報原稿)
勤続35年の自分とは?

塀の上のネコに出くわすことがある。ミャーワォとネコ語に似せて鳴いてみる。
相手は「ネコでもないし….?」と、ヒゲを前に目を丸くして見る。安全そうな
所まで離れていって正坐し、片目になったり、目を閉じたり、上を向いてみたり.
と思うとやおら坐をくずして脇腹をなめはじめる。
こんなネコと意志を通じ合えればいいなと思う。

小学校のころ課外活動の理科同好会で、「何でもよいから質問してよい」と先生が
いわれた。思いきって「死んだらどうなるのですか」と尋ねてみた。先生が
質問者と気持ちを合わせて話してくれたら、満足だったかもしれない。
学生のころのゼミの集まりで、なぜか友人が言った。「○○は 自分のへそばかり見ているが、
なんともならないのではないか.」話題にしてくれたことを、よかったと思った。
彼はもう この世にいない。入社してから、同窓の気安さも手伝って、ある人に
「自分が誰かが分からない」という風なことを言った。いかにも青臭いという風であった。
その人は今は社にいない。右往左往を結果から並べただけに過ぎません。

不本意な選択を強いられることは、仕事の場面で はなはだしい。例えば、ビジネスで
「寄付」金を支出するときに、漠然としたものはあり得ません。賛助で、頼まれて、
義理で、社名を出すために、…などなど。もしも自発的なものなら、2万円出さなければならない
というようなことはないはずです。職業生活と「本来の何か」との間には何か一線が
あるのでしょうか。しかし人生の過半をこのようにして過ごしてみれば、
こだわりきれるものではありません。そもそも「暴力はいけない」と思いつつも、
ふだん食べている魚は、逃げるのを捕えられたものです。

「結果にとらわれない」という、聖賢といわれる人たちの言葉があります。結果を
気にしないと思えば思うほど余計に気になる。だからなおさら気にしないように心がける。
つまるところ結果と自分とは、どうつながるのだろうか。それにしても、こんなにながい日々、
社会人として 過ごしてこれたのは様々に支えられてこそ。感謝の気持ちも忘れてなりません。

ある国では、何回も生まれ変わり自分を見つける旅をする考え方もあると聞きます。
あせることはないと思わねばなりません。

 
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スパイラル。

けったいな 世の中だなぁ... と思うことが多くなってきました

人と人の関係、会社と会社の関係、
モノの売り方、モノの買い方...

メーカーや 研究機関が きゅうきゅう としている
そこに モノを売る 私たち業者も、また きゅうきゅう としてくる
このスパイラルは でっかいぞぅ
根っこは 人の心の中まで 食い込んでくるわけだ

今日 ずーっとお付き合いのある老舗商社の所長さんがきた
キビシイわ...

会社の規模が大きければ大きいほど、方針の転換は難しくなる
たぶん、モノを仕入れて販売する業界は、分野を問わず ここ5年が
勝負時なんでしょう

限られた土俵で 数字の取り合いをして、価格の大暴落が起きて、
目先の数字で満足しているうちに、自分の首を絞めていることに気づく。

やってることが ちっちゃいょ
納得いかん仕事は 放棄したろかーって言ったら 
そしたら 他が取るだけや と 先輩。たしかに〜放棄しても 何も変わらない

利益は度外視できないけど おもしろい仕事のスパイラルに
変えれないかな〜

 
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